チクル妄想工房

サークル「小公園」の仮拠点です。ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

橋の下のおとぎ話

 鉄筋コンクリートの小さな橋の下にもぐり、逢瀬を繰り返すのは、少女とその伯父であった。自分たち以外には誰もおらぬ、外界からは決して見えないところで、川面に映る薄暗い月光と、眩しさを感じるくらいの街灯の明かりを頼りに、わずか一時間にも満たない、長からぬ秘密の時間を、二人は時々過ごした。それは黒々とした海に浮かぶ離れ小島で、誰もいない、まるで孤島。日常の中に紛れた、小さなおとぎの国の物語。
 二人の逢瀬に使われる橋は、少女の通う保育園と家とを繋ぐ道のりの、半分ほどのところにあった。仕事を終えた伯父が毎日、車で少女を迎えに行くときの、通り道になる。車がすれ違うのが、やっとという幅である。
 伯父が保育園に着くのは、日のすっかり落ちた頃で、伯父の現れる八時が近づくと、少女は嬉しさを隠そうとしなかった。伯父の車の音が聞こえると、少女は、ひらがなの書き取りをしているときも、大好きな絵を描いているときも、何もかも忘れたように、作業を中断して、真っ暗な闇へと一目散に駆けて行った。間もなくガラス戸が開き、姪を抱えた姿の男が部屋に入ってくる。そして職員に礼を言うと、そのまま少女を連れて去ってゆく。
 保育園を出ると、少女は車の中で、伯父の左腕を取って一言、「橋の下」と言う。それは毎日ではなく、給食の献立が嫌いなものだったり、読み聞かせが退屈だったり、友達と喧嘩したり……つまり、少女にとって嫌なことがあった日と決まっていた。
 伯父は運転をしながら、姪の唇や、体の些細な動きに、つねに注意を払っていた。彼女がいつ、「橋の下」と口にしても、決して聞き逃すことのないように。通り過ぎたら、その日はそれまでなのだ。ハンドルを握りつつも、意識の半分は、つねに姪に明け渡していた。ラジオもない、エンジン音だけの車内。兵隊のように立ち並ぶ街灯と、ヘッドライトがいまは太陽と同じだった。脆弱な日光のもと、影の落ちた姪の顔に、何度も横目を送る。姪が左腕を取るのは毎日のことだったが、「橋の下」と言うのは、二日にいっぺんか、三日にいっぺんだった。姪の小さな唇がかすかに動き、「橋の下」と言葉が出てくるのを、はやる気持ちで待っていた。彼の車は、暗闇を突き進んだ。
 助手席から「橋の下」と囁くのが聞こえたとき、危うくハンドルを切り損ねるところだった。カーブを曲がるとき、対向車のクラクションとブレーキ音が、けたたましく二人の耳をつんざいた。あわてて車の向きを直すと、隣で硬直する姪の顔に、彼は眩暈を覚えた。ブレーキの音やクラクションの音以上に、彼の心臓を高鳴らせる興奮が、一気に駆け巡った。姪の細く熱い腕は、ハンドルを掴む伯父の左腕に、しっかりとしがみ付いていた。その目に、恐怖の涙を浮かべて。伯父はスピードを落とし、左腕の全てを少女に預けた。
 橋のわきの草むらに車を止めると、二人は車から降りて、護岸のために設えられた石垣を伝って、川原へと降りた。周囲を取り巻く黒く流れる水に、薄曇りの淡い月明かりが映り込み、しかし、二人の視界を拓いているのは、橋の両端に立つ電灯だった。意外なほど明るい電灯の光を頼りに、まるで真っ暗やみの中を手さぐりで居場所を確かめ合うように、互いの体を探り合い、細部まで形を確かめ合った。初めて来る場所であるかのように、不安そうに震える少女の身体を、しっかりと捕まえる。今日はどこへ行こう、向こうの湖がいいか、あの林がいいかと、少女に語りかけながら。
 伯父が少女の服を、奪うように剥ぎ取り、夜に白く浮かんだ、一糸纏わぬ少女の身体を眺め尽くした。少女は身じろぎ一つせず、じっと伯父の目を浴びていた。伯父は、少女の隠された部分を、その脚をこじ開けることで目の当たりにし、やがて湿り気を帯びてくる様子に目を凝らした。その間も、少女は抵抗一つしなかった。
 屹立した器官から染み出でる、境地の前兆に導かれるようにして、男は自らも、身体をまとう一切のものを捨て去った。そこには、二人の男女が、街灯に裸体を照らされて、向かい合って座っているのみになった。水面に泳ぐ、異世界の歪んだ月に監視されながら、抱きしめ合い、伯父の大きな体に少女は包まれた。それから、男のその部分が少女を徐々にこじ開け、侵入していく。到底受け入れられないであろうと思われる、その大きさを、少女はいとも容易く呑み込んだ。木馬の揺れるたび、微弱な声が川面に響き、せせらぎを飲み込み、規則的な乱反射が飛び交い、羽虫の群れは自殺を続け、ついに幾重もの白いベールが続けざまに破られると、断末魔のごとき可憐な悲鳴を残して、少女はやがて果てた。朽ち果てた。
 車に担ぎ込まれた小さな裸体は、放心したように、フロントガラスばかりを見続けた。伯父の語るおとぎ話は、少女にはまだ早すぎた。少女はいつの間にか夢を見ていた。繰り返し見る夢。伯父はハンドルを握り、暖房の効いた車内で、鼻歌交じりの昔話を語った。少女が生まれる前の、初恋の物語。帰路の中途、車を路肩に寄せて、少女に服を着せる。その手は震えていた。一筋の涙が呼び覚ます、名残惜しさが、おとぎの国からの帰郷をためらわせるのだった。

(了)