チクル妄想工房

サークル「小公園」の仮拠点です。ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

誰も忘れてなんかいやしない

 膝ほどの角テーブルの向こうにある、皮が破れてスポンジが見えているソファをテーブル越しに、足でつつき、返す足で積んであったノートの山を崩す。私のノート。窓際の丸机にコップを置いて、本を読んでいた友人が、素足でテーブルを荒らされたことに対して抗議の目でこちらを見たが、そのときすでに私は足を引っ込めていた。自分のソファの下で両足を揃えて行儀よく座り、鉛筆を持ち直して、消しゴムを、崖崩れを起こしたノートの下から掘り出して、ノートの上に置いた。私は絵を描いている。友人の、本を読む姿を、ノートに写生している。私は、消しゴムは滅多に使わない。線も切らない、同じところに何本も引く。友人の本は三百頁のハードカバーで、友人は左手を本の背に添えて、右手で見開きの頁の小口を軽く押さえて読む。やや長い前髪が眼元に影を落としている。色白の彼の肌、その場所だけが薄暗い色をして、光が瞳に届いているのかどうか心配なくらい暗く、まつ毛まで長くて、いつ見ても線が多くて、誰かに似ていて、指が震える。
 友人の向かいに、一人の女性の姿を、描き加えた。私の想い人。
 やせ型で少年的な、平坦な体系、肩口まである長髪にはおどろくほど艶がなく、色素が抜けたみたいに灰色染みていて、それを眉の真上で真っ直ぐ切りそろえている。鼻の頭に、小さな黒子がひとつ。口元はいつも微笑している。デニムのハーフパンツから伸びた足が、丸テーブルの下で泳ぐようにうごめき、友人の女性的な足とぶつかって、そのたびに友人が顔をしかめる。女性はぽっと頬を赤くして、足をたたむように椅子の下にしまう。私は鉛筆を走らせて、彼女の足をテーブルの下に描いた。友人の足とぶつかって、彼が本から一瞬、顔をあげる場面がノートの上に染みた。それぞれ種類の違った、中性的な雰囲気を持った二人が向かい合う、いつか見たような光景。
 それから、穴のあいた向かいのソファに、彼女を座らせた。彼女は私に向かって笑いかけている。菓子皿から煎餅を一枚つまみ、そうして私の名を呼んで、おいしいね、とつまらぬことを言うのだ。彼女の指先にはさまれるものは、あるときはトランプのカードだったり、将棋の駒だったり……とにかく、彼女の向かいの、いま私の座っているこの席には、いまと同じように私がいて、私も彼女を見つめて笑っている。しかし、私は自分の姿を描いたことがなかった。だから紙の上の彼女は一人だ。私のノートの中の、友人と彼女が向かい合って描かれたその隣に、小さく描かれたソファの上の彼女は、右手を軽くかかげた仕草をするだけで、その指先には何も持っていない。
 やがて友人は本を置いて、冷たい水の入ったコップを取り上げた。丸テーブルにコップの跡がついている。友人は静かに水を飲んだ。
 向かいのソファのスポンジが、相変わらず露出していて、いまにもこぼれ落ちそうで、隠してやりたくなる。私は鉛筆を置いて立ち上がった。不意にドアが開いて、友人の姉が入ってきた。私はとっさに挨拶をする。やはり、あの人と比べて随分大人だ、色気を隠さないところなど、特に。姉は清涼系の香水のにおいを振り撒きながら、私に向かって「お久しぶり」と言い、続いて「大きくなったわね」と言った。浸食されたような気がして、私は座りたい気持がしたが、堪えて、愛想笑いをした。姉も笑う。友人はいつの間にか本の頁に目を戻していた。何食わぬ顔で本の続きを読んでいる彼に向って私が、ガムテープはどこか、と訊くと、彼は本に指を挟んだまま無言で立ち、机まで歩くと、引き出しからガムテープを出して放ってよこした。
 友人の姉が不思議そうに尋ねる。「それ、どうするの」
「ソファを巻くんです、傷口をふさぐんです」貴方の弟が、ひどく乱暴に扱っているのだという非難を込めて。
「ちょっと待ってて」と、彼女は一旦部屋を出、すぐに黒い漆塗りの木箱を抱えて戻ってきた。「これですぐ直るわ」とにっこり、私の彼女がいつか浮かべたものと、そっくりの笑顔で言った。
 彼女はその箱から針と糸を取り出して、厚手の布をあてて、ソファを縫い始めた。「見た目は元通りにはならないけれど」と、手元から、いきなり私の顔に目を移した。彼女のまつ毛は自前だ。それなのに、瞳が隠れてしまいそうなくらいだった。よく見ると、思ったほど彼女の顔には、化粧っ気がない。さっきまでどうして曇っていたのだろうか。「そんなもので修繕するより、ずっといいよ。テープじゃあんまりよ」
 みるみるうちに穴は塞がり、新しい皮膚ができた。あれほど哀れだった傷口は、誰かの穿き古しだろうか、デニムの布地で覆われていた。一目見て不釣り合いな当て布が、かさぶたのようで、私は剥がしてやりたい衝動に駆られたが、嫉妬だと気づき、止めた。
「ずっと塞がないままだったのね、あの子」本を見つめ、聞こえないふりをしている友人を見て、姉はつぶやく。
「そこは、いまは彼が座るんですか」
「いいえ」微笑し、俯いて、小さくかぶりを振った。「誰も座らないわ。ずっとそのまま。座れなかったのよ、私も、あの子も」
 彼女の目が私のノートにとまった。そこに描かれた少女の絵を見て、彼女の目から涙がこぼれた。

(終)

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たわしも進まず。他もいっこうに進まず。
ジャンプは見送ることにした。書きなおしたい、たぶん書きなおす、書きなおせば間に合わない。そもそも方向性が全然ちがった。
ゲームのほう、文章で勝負しよう、あとはおまけだ、と思っていたけれど、今日とある本を読んで、背景や音楽や画面効果も折り混ぜたほうがもっと面白いものになる、と気づかされた。ずっと昔から知ってたけどね。しかし、いかんせん技術とそれを習得するだけの時間がないのであって、文章だけでいっぱいいっぱいでございますからして。音楽はは続けてるしやめる気もないから、それだけは自前でいつまでも自前で。
とか何とかほざいてますが、シナリオがまだ出来てない。いや、ゲームにしようかなと思っている話が一つあるんだけど、もしかしたらゲームにしないかもしれない。ということで、つまるところ先が見えない。趣味もリアルも。追いつめられたような気がしてときどき死にたくなる、そんな今がきっと幸せである。