チクル妄想工房

サークル「小公園」の仮拠点です。ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

mixi三題噺お題作成ツールより「夜更け」「方位磁石」「胸のときめき」

 私は公園の奥の、木の生い茂った暗がりに身を潜めている。幾人もの少女が私の視線に気付かずに、目の前の広場を笑いさざめきながら行き交う。彼女たちの脚が通り過ぎるたびに、私の胸は高鳴り、下半身の猛獣は血をたぎらせ激しく脈動する。真っ直ぐに生えた細い二本の脚が、こじ開ければすぐ入口の待ちかまえた扉であるように見えて、しかし取っ手のないそれを開けることは、私には到底容易ではなく思えた。あれを開けることができるのは特殊な形状をした、私よりももっと若々しい好青年の手だけであり、私の手のように、必要もないのに寒風にぼろぼろになった、濡れた夢を夢見る獣の前脚などでは決してあり得ないのだった。私は絶望しつつ、何度目かの絶望で現在の立場――観察者としての本分に気付き、依然息を殺して隠れていた。
 私は過去に罪を犯したことがあった。いまこそ存在価値の希薄な望遠鏡的視野の権化であるが、私はかつて積極的な支配者だった。現在の私とは違った、もっと直接的な害を他人に及ぼすことのできる存在だった。それは私が学生の頃の話だ。私は不良とカテゴライズされるべき人種であったが、他の不良学生と違っていたのは、私が独りだったということだ。
 私はいつも独りだった。私の周囲から孤独の嘆きは聞こえてこず、私だけが耳鳴りのように音のない孤独を発し続けていたが、それは一種の誇りでもあり、悲鳴ではなかった。それがおそらく周囲にとっての救いでもあったと思う。私の被害者となる人は混じりけのない、純粋な被害者であって、急速に完成へと向かう廃墟だった。私は創造者であり、私の手は職人芸ともいえる華麗さで幾多もの作品を瞬く間に創出した。神と崇められることを望んでいたのではなく、倫理的には悪魔に他ならず、私はそれでも満足だった。私の食欲、性欲、睡眠欲、そして表現欲は、私の為す破壊的創造によって常に充足していた。しかし私は気付かなかった。破壊的創造は、裏を返せば創造的破壊であり、私は半径数メートルの世界観の表現と同時に、自己をひどく摩耗させていた。擦り切れつつあった私の細胞は、やがて限界を迎えると音を立てて破裂し、染色体が漏れ出て、最終的にはそれをも私を活動させるエネルギー源となったが、当然、それは私の自己破壊にしかつながらなかった。
 私はそうして周囲に迷惑をかけてばかりの若者だったが、自己の確立という点では他者に劣らなかったはずである。創造的破壊、破壊的創造というスタンスはまさに私そのものであり、私の存在意義だった。誰に決められたのでもない私の決めた私自身だ。どんな深い森の中にいても、木を切り倒すすべを熟知している私は、たった一人でも人道を切り開くことが可能だった。そこに道をなくした亡者が群がるのは必然だった。私の立てた街灯に導かれた彼らは、道路を舗装し、さらに亡者を呼び寄せた。周囲はその行列だけを見て、嘆いたが、見当違いの非難は私に何事も感じさせず、私を移動あるいは変形させる外力にはなり得なかった。
 望まずとも、私は常に先導者でいられた。人の存在しない未開の地では、私は意識そのものを方位磁針とした、私を含めた総ての先導者であった。私に群がる声は私を創造主と呼んだが、彼らの価値観は、私にいっそう孤独を好ませるばかりだった。私は私からの評価で十分だったし、それ以外の物音は、発すること自体のほかに意味のない空虚な雑音だった。
 やがて夜更けが訪れた。視界が徐々に暗闇に浸食され、体内を這い上がるおぞましい血液が私の心臓を何度も叩いた。激痛。激痛の最中、私の視野は白いベールに包まれた。それは夢に出てくるような朧な少女だった。身をよじるほどの痛みを引き起こしているのも、その少女だとわかった。少女がもたらした激痛は血管内で爆発的に膨張し、私を芯から破壊しようとした。私は、痛みに顔をゆがめた。
 声もなく現れた亡霊のごとき白い肌の少女、歳の見当もつかないほど若く純粋な肌の白さは海に浮かぶ月明かりに似て、揺らぎ、消えつつあり、しかし確固としてそこに存在していいた。鋭い槍を持った戦乙女、だが、あまりにも薄い鎧をまとい、一突きで破砕しそうなほど脆く映った。身動きのできない私を不思議そうな眼で見つめて、彼女は口を開き、私は何か答えた。現実世界と乖離した私の意識は、その光景を見て笑った。心の中は恐怖が渦巻いていても、そこにはっきりした力関係が確立していても、私と彼女が人であるということが可笑しかった。つまり、会話が存在することがひどく可笑しかったのだ。声を出すことのできなかった、かつての私は人ではなく、動物と等しかった。私の追い求めていた「その少女」という偶像を打ち壊したのがその時の少女の声だった。それは現れると同時に消えてしまった、幻だ。一緒に崩れ去ったのが、長年作り上げてきた私という名前の奴隷の影であり、それがなくなると、ふと、私は自分を傷つけていたものが、私の右手に握られた工具であり、それは武器であったのだと悟った。


 私は武器を振るった。……あれは正当防衛だったのだ。私の最後の罪は誰が何と言おうとも器物破損だった。私は鏡を打ち砕いたにすぎない。それが危険な鏡であったならば、命あるものとして、自己防衛のために全力で打ち砕くべきだったし、それは正当防衛だ。あの晩、この手で破壊するべき最後の「物体」である、少女を破壊したがゆえに、私は生き残った。私はついに失敗した。

おわり

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文學界のがどうしても書けないので、気晴らしに妙なものを書いてしまった