チクル妄想工房

サークル「小公園」の仮拠点です。ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

夜道の休憩

 帰り道を歩いていると街灯が点き始めた。車のライトがまぶしくて、ライトの陰から自転車が音もなく走ってくるが、向こうからは見えているらしく不思議とぎりぎりのところでぶつからなかった。僕が動くと自転車はあわてたようにハンドルを切るのが面白かったけれど、僕のせいでぶつかってしまうのは気の毒だった。だから、僕は排水溝のふたの上を、植え込みに鞄をぶつけながら歩いていた。街灯の下にくると立ち止まり、地図に目を落とし、毎度自分がどこにいるのかの確認から始めて、それが終わると地図がどちらを向いているのかが分からなくなっていたので、なかなか先に進まなかった。そうやって暗い道のりを確かめながら歩いた。風は吹いていなかったけれど、手袋を鞄から出さなかったので、慎重な手つきになっていた。
 三叉路の一角は公園になっていて、入ってみると、ブランコがあって、砂場があって、鉄棒まであって、しかも石造りのベンチの脇には街灯がたっていて、公園の半分が明るかった。ベンチには誰もいなかった。僕は明かりに向かって鞄を脚にぶつけながら歩いた。
 本がいっぱいに詰まった鞄をベンチに下して、自分も隣に腰かけた。ベンチは冷えていて、木が少なかったので風通しもよく、僕は今日初めて手袋を取り出して、いつでも着けられるように上着のポケットに入れた。そうして何気なく地図を開くと、またしても向きがわからなくなっていたので、公園の形を見ながら地図を回転させた。次の目的地の駅までは、一キロくらいだけれど、時間は多めに見積もって二十五分とみておく。それでも電車には十分に間に合うので、僕は温かいジュースを飲みながら歩こうと思って、公園の向かいにある自動販売機に目を止めた。
 販売機の前で、小学校高学年くらいの女の子が、兄らしい男と手をつないでジュースを買っていた。女の子が小銭を入れて、下から二段目の温かい飲み物を選んだ。遠くに音が響き、女の子はジュースを取るためにしゃがみこんだ。僕は女の子の動作をじっと観察していたけれど、ふと時計を見るとまだ一分しか経っていなくて、それで、僕は乗る電車を一本遅らせることにして、温まったベンチに座っていた。女の子は兄と手を繋ぐ寸前に、僕に気づいたらしく、こちらを見た。そうして、目が合った。女の子は僕を見ていた。僕は、兄と手をつなぐ寸前で僕の目を見つめだした女の子を見ながら、ただ小さな子供にそうするように微笑んだ。気づいてもらえただろうか。どちらでもよかったけれど、女の子は気づかなかったらしく、兄に手を掴まれると、僕と見つめ合っていたのが夢の中の話だったみたいに、元の道を歩いて行った。
 僕は急いで立ち上がると、公園を出て、販売機の前をジュースを買わずに通り過ぎて、駅に向かう。走れば次の電車に間に合う。途中で手袋をはめて、地図をポケットにしまった。駅までは何も考えずにまっすぐ進むだけだった。

おわり