チクル妄想工房

ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

三題噺「満員電車」「おでん」「とうふ」

「あなたに忠告する。本当にくだらない話であり、読むのは時間の無駄である」


 Tの隣に立っている男の鞄から、Tもよく知っている人気アニメの脇役キャラクターの首がのぞいていた。その首が、というより二本の角の形をした奇妙な髪がTの尻のあたりを何度も刺し、とても鬱陶しかった。不幸にもTの降りる駅は終点のO駅で、放っておけばあと一時間はとがった髪に刺され続けなければならないことになる。
 そのキャラクター(名前をUとしておく)のことがTは嫌いだった。Tは主人公の勝気な少女が好みで、お嬢様タイプのUはどうも癇に障った。顔が映るだけでいらいらした。なんといっても特徴的な髪形が嫌いだった。Tの尻を断続的に刺し続けている二本の角のような髪が嫌いだった。角というよりは耳を模したものかもしれない。獣の耳である。だがTにとってはどちらでもよかった。嫌いだったのだから。
 Tはいい加減怒鳴ってしまいそうだったので、暑苦しい髭に抗議の目を向けた。力いっぱい向けた。髭はTの視線に気づき、汚らしい髭をもしゃもしゃさせながら「何か用ですか」と言った。
「君の鞄からはみ出したフィギュアが、僕の尻を刺しているんだ」
「それは申し訳ない」
髭はフィギュアの首を鞄に押し込んだ。
「痛かったでしょう、もう大丈夫だからね」と髭は、母性の滲み出るような微笑みを浮かべた。
「君、その馴れ馴れしい口調はなんだ」
「あなたに言ったんじゃない」
「じゃあ誰に言ったんだ?」
「ふん。あなたには関係ない。フィギュアはしまったのだからもういいでしょう。話しかけないで下さいよ」
 髭の言い草にTは怒り心頭に発し、怒鳴り声をあげた。
「無礼なことを言うものだ! 君、謝ったらどうなんだ」
「ちょっとちょっと……」髭は辺りを見回し、「ここは電車の中なんだから怒鳴らないで」
「これが、怒鳴らずにいられるというのか!」
 Tは髭の胸ぐらをつかみ上げた。その拍子に、髭の体が後ろにいた女性に背中からぶつかった。
「痛い!」
 女性は悲鳴を上げて、何かを言いたそうに振り向いた。しかし、二人が争っているのを見て、関わりたくなかったのだろう、すぐに前に向き直った。
「ああ、申し訳ありません。ほらみなさい、こちらの方にぶつかってしまったではありませんか」
「元はといえば君が悪いのではないか! 僕の尻に君がいたずらをするから!」
「ちょ、ちょっと。大声は本当に勘弁してください。そんなつもりはなかったんです」
 そのとき電車が止まった。O駅ではなく、途中のH駅だった。
「さて僕と一緒に降りてもらおう。これ以上騒ぎを大きくしないためにもね」
「勘弁してくださいよ」
「今更勘弁などできるものか。さあ降りるんだ」
 Tは髭を無理やり電車から引きずり出した。髭は他の乗客に押されてホームに転がった。うつ伏せになって伸びている髭を置いて、電車が行ってしまった。
「いつまでも寝ていないで、立つんだ」
「まったく、膝を擦り剥きましたよ。あなたのせいで」
「僕のせいだと? 結構なことだ。さぞ痛かっただろう」Tは髭の髪を掴んで持ち上げた。
「痛い、痛い! ねえ、本当に勘弁してくださいよ。一人で立てますから」
 Tは髭の悲鳴に耳を貸さず、髪をさらに強く引いた。
「君、名前は何というんだ」
「痛い! なぜ名乗らなければいけないのです。僕の名前があなたにとって一体何の意味があるというのですか」
「いいから名乗るんだ。君は僕に無礼を働いたんだぞ」
「Uです、Uと言います」涙目になりながら髭は自分の名前、固有名詞を名乗った。髭はUという名前だった。
「なるほどUというのか。頭文字がお嬢様と同じだね。君のお気に入りのお嬢様だ」
 と、にやにや笑いながら髭の鞄に手を伸ばした。
「お嬢様だなんて言い方はよしてください。彼女にはUという名前があります」
 髭はとっさに鞄を守る姿勢をとった。
「ははは。これはすまなかった。何も悪戯をしようというわけじゃないんだよ、本当だ。ただ、僕に無礼を働いたお詫びに、何か貰えるのかなと思ってね」
「何を言うんです」髭は怯えた声をあげた。「ぼ、僕のUをあなたにあげるつもりはない!」
「違う、違う。そんなものいらない。いらないどころかこっちから願い下げだよ。僕はね、Uが嫌いなんだ。知らなかっただろう。あのアニメの中でUが一番嫌いなんだよ。もし君がUのフィギュアを僕に渡していたら、受け取ってから二秒でか細い首を踏み砕いていたよ。僕のか細い足でね。ははは」
「なんて恐ろしいことを言うんだ、あなたは」
「ところで、僕が欲しいのはそれだよ。どうして君がそんなものを持ち歩いているのか知らないけれど、僕はお腹がすいているんだな」
 Tが指差したのは、バッグのポケットからはみ出している缶詰だった。おでん缶である。
「こんなもの、いくらだってあげますよ。僕の夕食のはずだったんですけどね。どうぞ持って行ってください」
 髭はおでん缶を放ってよこすと、丁度ホームに到着した電車に乗り込んだ。電車は髭と、Tを乗せて出発する。
「どうしてあなたも乗るんですか」
「何を言ってるんだ、もともと君と一緒の電車だったじゃないか。それより君、ここは女性専用車両だけど、君は僕にまた痴漢をするつもりなのかな」

 主人公T、終着駅O、お嬢様キャラクターU、途中の駅H、髭の本名U。
 続けるとTOUHU。とうふ。


 おわり

(こんなもの書いても意味がない)