チクル妄想工房

サークル「小公園」の仮拠点です。ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

『トンちゃんをお願い』

 横田創さんの『トンちゃんをお願い』です。すばる2011年3月号に掲載された短編ですね、とあるブクオフで発見して購入。横田創さんは単行本化されてない短編がいくつもあるのだから、まとめて短編集として刊行すればいいのにって思います。

 これだから純文学は……ってなところですね。読みやすいか読みにくいかでいえば非常に読みやすい、すんなり読める、文字を追って筋を追うだけならば簡単です、が、最低限でもなんでも感想残せるくらいに読み込もうとしてみると難解で、苦労しました、感想書くのを止めようと思うくらいには大変でした。

 トンちゃんとゆうなという二人の女子大生が主人公です。主人公というか、この二人の女の子のお話です。トンちゃんは苦学生で一日千円の倹約生活を送っていて、一方ゆうなはそこそこ裕福な家庭の子です。
 半分くらいまでは、トンちゃんの視点で語られて、トンちゃんが何となくゆうなのことを負担に思っているというか、付き合っていて心休まるといった感じではなさそうなんですね。それはゆうなのほうも同じらしく、だんだんゆうなの視点による記述も入ってくるのですが、一緒にいてもはっきり言いたいことが言えないなんてことがままあって。
 てのは、トンちゃんは貧乏な生活のせいで、トンちゃんの通う大学の女子大生としては異端で、ゆうなはごく一般的な女子大生で悪くいえば無個性。二人とも家庭環境とか生活環境からくる自分の特性を自覚していて、それをあんまりよく思ってないんですね。だから相手との間にある異文化性みたいなのを強く意識して、相手に憧れたりしているけれど、その反対の感情もついてくるから、一緒に居たいのに、ときに鬱陶しくなったりする。そんな関係でしょうかね。
 それだけなら、なあなあでやっていけたんでしょうが、二人はお互いに言えない秘密を抱えることになってしまいます。トンちゃんが置き引きしてゆうながそれを見てしまうという。でもその裏ではゆうなも、トンちゃんの財布にこっそりお金を忍ばせるなんてことをしてまして、そしてトンちゃんはそれに気づいている。

 二人とも内省してばかりいて、自分から見た相手を見ている自分とか、自分自身のこととか、語りがとにかく自意識過剰なんですね。それは二人とも変わらない。お互いを強烈に意識しつつ、意識している自分自身からも目が離せないんです。本当は相手にいろいろ期待したい、自分の気持ちをわかってもらいたい、でもコミュニケーションがほとんど成立していなくて、それを理解しているから言いたいこともろくに口に出さず、相手が案の定期待とは違う言動をとることをもどかしく思って、鬱屈した気持ちをやはり外に出さず自分の中でどうにか抑圧しようとするんです。そういうことを二人してずっとやっています。

 この小説はトンちゃんとゆうなの二人の視点で書かれているのですが、視点は唐突に入れ替わり、片方の視点で語られていたかと思えばいつの間にかもう一人の視点になっている。もう一人のあとに続くように、または上書きするように。長々と内面の描写が続いていたかと思いきや、突然に視点が切り替わるというのが大体の部分なのですが、二人で買い物に出かけたところの、カフェに行くか行かないかの箇所では視点は頻繁に入れ替わり、やがて完全に交じり合ってしまっています。
 とにかく二人とも、何でも自分の中だけで深く考え込んでしまうんですね。トンちゃんやゆうなの、外側に向いていた意識は、受け取った外界の事象についていろいろ考えているうちに、いつの間にか内側に向きが変わっていて、そこでもうひとり傍にいるゆうな・トンちゃんの、同じように内側に向かっている意識と重なってしまう。そんな感じ、なのかなあ。