チクル妄想工房

ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

双子の天使

昔のものに加筆。

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 いままでの人生でおれはいくつかの恋をした。おれの恋は桜色の鉛筆で綴られた甘く切ない小説ではない。ナイフとフォークで肉塊を削り取って作った彫刻だ。目で見ることよりも、触って、味わって、消化して、排泄することを目的とした品物だ。長時間放っておけば腐敗してしまう。だからこうして口に出すことや文章として残すことは困難を極める。筆跡からはすでに腐臭が漂っている。それでもおれはついに、やってしまった。殺人という罪を犯してしまった。自分の罪を、死をもって償う前に、おれはこの場を借りてすべてを告白する。
 おれの恋のすべてを語る時間はないけれど、とくに思い出に残っている何人かの女性との関わりを紹介しようと思う。

 いつだったか、思い出そうとしても確かな日付は判らない。最初の恋はおそらく一年ほど前の話である。
 いま思えば、その恋は一般的にみれば異常な感情であった。おれと少女が結ばれる結末など言語道断と非難されて然るべきものだ。それでもこの日の出来事は、きわめて偏執的な性愛の形態が相互的に成立した貴重なケースだ。おれは、おれと彼女の運命を、進歩的な恋愛の形だと思っている。

 気付けば帰りは夜の八時近くなって、辺りはすっかり暗くなっていた。日が短くなっていたせいだった。帰り道、自転車の放つ細いライトが、心許なくアスファルトを照らしていた。
 そんな夜の道を少女が一人で歩いていた。出発点から信号を三つ渡ったところにある、橋長十メートルもない小さな橋の上だった。
 まるで変質者に襲ってほしいと言わんばかりの格好だった。少女は膝までのスカートに薄手のTシャツを着て、寒そうに肩をすくめて震えながら歩いていた。無防備に露出した華奢な手足の先が、家々の明かりに照らされて、闇の中にほの白く妖艶に浮かんでいた。暗くて正確な判断はできなかったが、歳はおおよそ十歳前後のように見えた。
 少女はこちらの方向に歩いていた。おれはそのまま自転車を進ませた。すれ違う瞬間、少女の顔を横目で見た。少女の目線がおれの顔を捉えていた。それに気づいたおれは、ほとんど無意識に自転車を止めた。そして少女の後ろ姿を見た。
 少女は振り返った。冷めたような表情だった。おれは自転車のスタンドを立て、少女に歩み寄った。
 そのとき、おれのペニスは激しく勃起していた。しかし邪な気持ちがあったわけではない。それとも自分で自分の心情に気づかなかっただけかもしれない。おれはペニスの勃起にかまわず少女に近づいた。普通ならばそうするだろう。普通ならばというよりは、誰でもそうするだろうとおれは思うのだ。小さな女の子が夜道を一人で歩くことの危険を、この少女が判っていないのなら、注意してやらなければならなかったからだ。(ところで、少女の瞳はおれの瞳を正確にとらえていた。それはどんなに暗闇であっても感じ取ることのできる強い貫通力を秘めた視線だ。そういう類の視線を相手に向けることのできる少女の性質におれは魅力を感じていたのかもしれない。ことの終わったいまだからこそ言える理屈ではあるが。このときのおれは冷静さを欠いていた。)
 とにかくおれは、少女に向かって足を進めた。少女に近づくにつれ、勃起がみるみる激しくなるのに気が付いていたが、おれは自分の勃起よりも少女の安全を優先させるべきだと判断した。だから、おれは勃起しながら少女に突進していった。突進するような勢いで近づいて行った。と言っても、もちろん速度が大きかったわけではない。心理的な距離を素早く埋めようとしていたという意味で、おれは少女に突進していたといえる。突進するおれのペニスは破裂寸前に勃起していた。少女までどれほどの距離があったか覚えていない。実距離でいえば、少女が橋の真ん中にいて、おれは橋の一端に自転車を止めたから、およそ四メートルだろう。四メートルの距離を実際はゆっくりした足取りで、心理的には全力疾走でおれは勃起しながら突き進んだ。
「何をしているの」
 おれの耳に聞こえてきたのは、誰が発したのか判らないような、ひどくしわがれた声だった。若い娘のものとも、年を取った老爺のものとも思えた。それが自分の声であることに気づいたのはしばらく経ってからだった。心の淵に沸き起こる激しい感情が、普段通りの声を出すのを邪魔していた。その感情に名前を付けるとしたら名状不可能な感情とでも言えそうな無色透明の激情だった。
「何をしているの」
 もう一度訊いた。今度はさっきよりもはっきりとした発音だった。今度こそ明らかにおれの声だった。おれはおれの声が聞きたかったわけではない。おれはどうしても、こんなところを一人で歩くような、女の子の声が聞きたかった。思えばそのときからおれは、その子に興味を持ってしまったことを自覚していたのだ。
「散歩よ」
 女の子は冷たい笑みを湛えて言った。その小悪魔的な表情を見た途端、おれの胸に灰色のもやがかかる感触がした。
「何故」
「暗いからよ」
「暗いからって、何故」
「暗いのが好きだからよ」
 不毛な問答が続いた。少女は物怖じせず、微笑みを浮かべながら淡々と返す。
「こんな時間に散歩してるの?」
「あなたには関係ないわ」
 少女は答えた。
「関係ないけど、こんな暗い中一人で歩くなんて危ないよ。無茶だ」
「どうしてよ」
「変質者が出るかもしれない」
「変質者って誰?」
「君みたいな小さな女の子に、悪戯をする人のことだよ」
「悪戯って、一体何をするの」
 答えづらい質問だった。
「色々さ」
 と、おれは言葉を濁した。
「色々って、例えば?」
 少女は興味津々という風でもなく、ただ質問するのが当たり前であるかのように訊ねてきた。いや、少女が年上の男にわからないことを質問するのは当たり前だ。おれは躊躇したが、はっきり伝えておくべきだと判断した。
「例えば、いやらしいことをするんだよ!」
 少女の目の前に素早くしゃがみ込んで、少女を見上げながら答えた。少女もおれの真似をしてなのか、あとに続いて同じようにしゃがみ込んだ。少女の目線が上目遣いに戻った。おれはどきっとして、なぜか目を合わせづらかった。スカートを穿いていたので、目のやり場に困った。
「どんな?」
「体を触ったり」
「それだけ?」
「たくさん触るんだ。満足するまで」
「いつになったら満足するの?」
「わからない」
「何でわからないの?」
 少女はしつこく訊いてきた。
「そう言われても、わからないものはわからないんだ」
「わからない人に注意される覚えはないわ」
 そう言って少女は、膝に置いてあったおれの右手を取り上げた。おれの手はそのとき、じっとりと汗ばんでいた。
「この手は寒そうね」
 少女はおれの右手を裏返したり、表返したりして眺めていた。寒くはなかったが、右手は小刻みに震えていた。
「わたしの手より大きいわ」
「当たり前だろう。年上なんだから」
「年上なのね、お兄さんは」
「見れば判るだろう」
「暗くてよく見えないの」
 そう言うと、少女は顔を近づけてきた。暗がりの中、目の前にだんだんと浮かび上がる、少女の顔のパーツ。彼女の顔が全体の輪郭をはっきりと現したとき、その可愛らしい瞳がおれの目の前に、三十センチもないくらいに接近していた。瞬きする様子までもが克明にとらえられた。
「よく見えるわね」
「これだけ近づけばね」
「お兄さんは目が悪いのね、眼鏡をしてる」
 少女は多分、おれの銀縁の眼鏡に初めて気づいたのだろう。
「まあね」
「わたしの顔も見えなかったわよね」
「正直に言えば」
「いまはどうかしら」
 そのとき、おれは不意に笑ってしまった。この日、初めて笑ったのだった。それまでおれの顔には一片の笑みもなかったはずだ。
「よおく見えるよ」
「そんなに見えるかしら」
「隅々まで見えるよ。君の顔のいたるところが、て、手に取るようにわかる……」
 おれの意識は自分の性器に向いていた。おれは、なぜ目の前の少女が暗闇の中一人で歩いているのかを悟った。おれのような人間が来るのを何時間もじっと待っていたのである。
 おれの右手の震えは止まっていた。右手がゆっくりと前方に伸び、少女の入り口に迫る。少女がおれの右手の動きに気づき、自分の両手を、おれの右手を挟むように重ねた。
「その前に、ねえ、訊いていいかしら」
「わざわざ断るほど気になること?」
「ええ」
 少女は即答し、おれはしばし考え込んでから頷いた。
「お兄さん。この手は何をする手?」
「これは?」
「変質者の手?」
「そうかもしれないよね」
「変質者は、いつ満足するの?」
 そう質問するこの少女はやはり策士なのだ。おれは少女の質問に答えないわけにはいかなかった。いつ満足するか? その答えは「満足するまで」。
「総てが終わったらだよ」
「いつ終わるの?」
 おれは答えなかった。
「いつ終わるの?」
 少女は同じことをもう一度訊いて来た。
 終わりなんかない。そう答えれば、少女はどんな表情をするだろう。それまでとは違った、穏やかな笑顔を見せてくれるかも知れなかった。
 しかし、少女の世界とおれの世界は決して一所に重なることはない。重なったとしても肉体のみで、心は別の次元にある。おれは少女が永遠の存在にはなり得ないことを知っているのだから。
「いつ終わるの?」
 それは最後の質問だった。
「いまに終わる」
「嬉しいわ、お兄さん」
「おれを、愛しているかい?」
「いいえ、ちっとも愛してなんかないわ。だっていま会ったばかりなんですもの」
「そうだろうね。でも、おれは君を愛しているよ。いま逢ったばかりだから、なおさらそう言える。おれの中で君の存在ははっきりと、意味のある、確固たる形を作ったんだ。これ以上愛することが出来ないほどに、おれはいま、君を愛しているよ」
 体育座りをする少女のスカートの中に目をやる。暗くてよく判らなかったが、少女はたぶん白いパンツを穿いていた。いや、見えなくてもわかった。少女は間違いなく純白のパンツを穿いていた。
 少女の顔が崩れ出す。
 おれは片方の膝を地面につくと、おれの手をつかむ少女の小さな手を振り払い、自由になった右手をスカートの中に差し入れた。彼女の熱と湿り気がほんのりと感じられた。「ん」と少女が声を漏らした。見れば顔は上気し、薄目になって、口は半開きだった。下着越しに指の腹で撫でているうちに割れ目の湿り気は増していき、液が指先から腕に伝って肘から滴るほどになった。
「君の歳はいくつ」
 指の運動を止めずに尋ねた。
「じゅ……んっ……じゅ……十歳……」
「予想通りだ」
「く、暗かっ、たのに?」
「暗いから余計にそう思ったんだ」
 おれは暗闇の中、少女の歳が間違いなく十歳だと、顔が崩れ始める予感がしたそのときから確信していた。右手で少女の恥部を強くえぐり、可愛らしい嬌声を聞いてから、一度布地から離した。一呼吸おいて、へそのゴムの隙間から手をねじ込むようにして下着に侵入する。肌と下着の間は、そこがすでに子宮の中であるかのように熱く湿っている。その空間のことを子宮と呼ぶのかも知れない。指先が肉の割れ目をこじ開け、少女の中に潜り込み、死に抗う生き物のように蠢く。おれの指はおれの感覚を伴ったままおれの意思と切り離され自動的に激しく蠢く。おれの支配から離れたところで、もっとも強い快楽を少女にもたらすように蠢いている。快楽はとうてい十歳の少女が正気を保っていられる規模ではない。少女は強烈な快楽のため一瞬にして気が狂い、目を見開き、逃れようと暴れた。理性では逃れようとしつつも、身体は快楽を求めてしまい、膣はおれのたった一本の指を求め吸い込もうとする。それこそが穢れた少女だからだ。その引力に抗うすべをおれの少女は知りえなかった。指はするすると吸い込まれ最奥に達し速度を上げる。予想だにしなかった快楽に身をよじらせ、細い腕でおれの頭を押しのけようとするが、抵抗するには少女の力はあまりに弱々しい。頭を激しく左右に振り乱し涙を絞りながら少女はとにかく叫ぶしかなかった。叫んだとして誰が通りかかるわけでもないのに。少女の叫びこそがおれと少女の存在証明だった。少女の叫び声を途絶えさせないよう、おれは指を動かし続けた。
 突然の長い絶叫と同時に、少女は弓なりになって全身を激しく痙攣させ、数十秒の地獄を味わったのち、ついに果てた。果てた少女は糸の切れた人形のようにしな垂れかかってくる。おれは小さな体躯を肩で受け止める。燃えるように熱かった。
「大丈夫」
「う、う、う、う、う、う……ふ、ふっ……んぐ、く、うっ……」
「君には終わりなんかない」
「……んあ、う……わたし、わたしには終わ、り……終わりなんかない……」
「おれの終わりは、いまこのときだ」
「……わたしの終わりは……」
「君には終わりはない。始まりすら無いのだから」
「……う、ん……」
 そういえば、おれは、少女の名前も知らない。

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 建物を出ると、外は雨が降っていた。台風がすぐそこまで迫っているらしい予報を聞いていたので、嫌な予感がした。明日の朝は億劫なことになりそうだな、と考えていた。
 濡れないよう鞄をビニール袋で包んで、合羽を羽織った。自転車を走らせるとタイヤが雨で少し滑る。水が跳ねて裾が濡れるのを走りながら気にする。
 あの日と同じ橋に差し掛かった。
緑の傘を差した女の子が、伏目がちに歩いてくる姿があった。
おれはその子を覚えていた。
 もう二度と会うこともあるまいと思っていた。会うことがあっても、素通りするつもりだった。知らぬ振りをして、少し自転車のスピードを上げれば気づかれることもなかったであろう。
 しかしおれは自転車を止めてしまった。もちろん、再会を喜んだわけではなかった。
 自転車に気づくと、女の子は顔を上げ、立ち止まった。おれの顔を認めると、何かを思い出したかのようににんまりと笑った。
「お兄さんね」
「覚えていたの?」
「あのときのレイプ魔ね」
 おれはため息をついて、苦笑いをした。誘ったのはどちらだったのか、そのとき、おれはまったく覚えていなかった。意図的に忘れようとしていたのかもしれなかった。
「そういう言い方もあるね。君らしくはないけど」
「わたしらしく?」
「そう」
 少女の表情が急に不機嫌そうになった。
「一度会っただけなのに、わたしのこと、分かった風に言わないで欲しいの」
 彼女のつま先が、ちょこんとおれの靴を蹴った。彼女はわざと子供っぽく振舞ったつもりらしかった。可愛らしい行動だったが、まるで無垢な少女と言われるところの、無垢な少女そのものすぎた。人形とふざけ合っているみたいで、気分はよくなかった。
 気づくと、女の子は小さく首をかしげていた。
「お兄さん、それ、緑色の合羽」
「似合うかな」
「それほどでもないけど……」
「君の傘も緑色だね」
「これはお姉ちゃんの傘なのよ」
 そう言って、女の子は傘を閉じた。傘を差し出して、留め具にマジックで書いた名前を見せた。
 ありす、とあった。
「読めた?」
「ひらがなだからね。漢字でもきっと読めたよ」
「お姉ちゃんの名前はひらがなよ。漢字でなんか書かないわ。漢字ってね、とっても難しいのよ。貴方だってろくに書けやしないに決まってるんだから」
「でも、君よりは書けるつもりだけど」
「そんなの当たり前でしょう、年上なんだもの」
「年上? そう思ったのかい、君」
 そう言ったとき、この前の会話を思い出して、おかしくなって笑った。すると少女は訝しんだような目をした。おれは笑うのを止めた。
「お姉ちゃんはいくつ? 君よりいくつ年上?」
「わたしと同じで、四年生。十歳よ。わたし、お姉ちゃん大好きよ。とっても仲良しなの。――ありすはすごく可愛いのよ。優しくて、大好き」
 女の子は調子よく、得意そうに喋る。よほど姉が好きなのだとわかる。
 ありすはすごく可愛い、という言葉を聞いておれの胸はときめいた。この子の姉なら確かに可愛いに決まっている。それにおれは実際にありすの可愛い顔を間近で見ていた。次の質問を待つようにじっとこちらを見つめる、ありすにそっくりな少女の顔が目の前にある。おれはこの子と、そっくりな顔をしたもう一人の女の子が、交代で互いの髪をすく様子を想像した。橋の上でレイプした、この子の姉の声が聞こえて来るように感じた。
「お姉ちゃんに逢いたいな」
 わざと聞こえるように、独り言を言った。
「お姉ちゃんにも何かする気?」
「とんでもない」
「嘘よ」
 女の子のか弱い拳が胸を突いた。きめ細かい綺麗な肌が、雨の飛沫に濡れた。
「お姉ちゃんに悪戯したら駄目よ」
「しないよ。信じて欲しいな」
 むろん、それは嘘であった。右手はあの日の感触を思い出して、わなわなと震えていた。少女の柔らかな肌の裏側に触れたいという、突き抜けるような強い思いが、体中を支配していた。
 無意識に伸びた右手が、少女にすぐに払い落とされた。
「お姉ちゃんはまだ学校?」
 取り直して、おれは訊いた。
「あなたはケダモノよ」
「お姉ちゃんはまだ学校?」
 さっきよりゆっくりとした調子で繰り返した。
「このケダモノ……」
「ケダモノじゃないよ。まあ、別に……何とでも言ったらいいよ」
「これ以上何も訊かないで。あなたには話したくない。ううん、急に話したくなくなった」
 少女は強くそう言い放って、睨みつけるような表情になった。
「どうしたの? ご機嫌斜めかな」
「あなたのせいよ」
「お姉ちゃんには何もしないよ」
「嘘よ」
 少女はすでに何も聞いてくれそうにない様子だった。
「嘘に決まってるわ。あなたはすぐに手を出すケダモノよ」
「違うって」
「このケダモノ!」
「やめろよ」
 おれは興奮する少女を落ち着かせようと、少女の頭に手を伸ばした。彼女は素早く身をかわし、傘を振り回した。おれは驚いて後ずさった。憎悪のこもった眼差しがおれを射抜いてくる。
「近寄らないで!」
 少女は悲鳴に近い声を上げた。少女の豹変ぶりにおれはたじろいだ。
「どうしたんだ、君」
「あなたは最低のクズ野郎よ! あの日のこと、忘れたなんて言わせないわ」
「あの日のこと……?」
「とぼけるの?」
 少女が不意に突き出した傘が、油断していたおれの腹を強烈に衝いた。痛みのあまりおれはその場に膝をついた。
「いい気味だわ」
 そう言って、緑色の凶器を女の子は振り上げた。かわす余裕もなく、その一撃はおれの脳天を打ちぬいた。
 頬に冷たさを感じて、自分の体が道路に突っ伏しているのに気づいた。頭が痛い。どうやら割れているようだった。フードから解き放たれた頭部は雨に濡れていた。赤く染まる雨粒が滴り落ちて、アスファルトに水玉模様を作った。しかし、模様はすぐに洗い流された。
「血が出たみたいだ……」
 痛みを堪え、何とか絞り出した声はひどく震えていた。恐怖のせいでも、雨に濡れた寒さのせいでもなかった。それは一種の悦びだったに違いない。少女の手がみるみる穢れていく悦び。まるで見たことのない少女の顔を想像する悦び。
 膨れ上がる殺意を解き放つように、少女は何度も傘を打ち下ろす。その先端が空中に描く線は、おれの感情と少女の感情を急速に昂ぶらせる。理性が生み出す言葉がすべて、雨音の中に吸い込まれ消えていく。
 おれは声を出すのを諦めた。それは、やがて訪れる自制の消失を意味していた。小さな体躯の動きだけが世界の構造を表現する光景は、少女とケダモノの交わす情交に似ていた。少女の一撃一撃は、狂ったような血の色を、おれの視野に確実に広げていった。視野を赤く染めるのが、身体の外を流れる血であるのか、中を流れる血であるのかわからない。深紅に彩られた世界がぐるぐると高速で反転を繰り返す光景ばかり見える。
 気が付けばおれの身体は、少女の上に覆いかぶさっていた。理性は吹き飛んで、肉体が勝手に暴れ回る。抑えようとしても抑えられない。初めからこうするべきだった。少女の細い身体を包んでいた幾重にも重なった薄いベールは破られ、穢れのない水晶のような肉体が露出する。冷たい雨に晒されて少女はやっと大人しくなった。
「わたし、きっと穢される……、また穢されるのね」
「『また』? 違うだろう。感心した、まだ演技を続けられるのかい。僕が言ってあげようか。『また』なんかじゃない。――そうだよねお姉ちゃん。本当は君がお姉ちゃんなんだろう」
 おれの口から発せられた声は、人間のものとは思えない、ひどく冷たい声だった。少女は涙ぐんでいた。怒りと、悲しみと、恐怖と、悔しさで、あれほど可愛らしかった少女の顔は、いまや醜く歪められていた。しかし、おれにとっては、その醜い少女の顔こそが、いままでで一番真実味のある顔だった。
「判っていたの」
「似ているとは思った。そっくりなんだね。まるで双子だ」
「双子よ」
「双子だなんて……」
 双子だなんて、残酷な。
 つまり、身代わり。
どちらがどちらの身代わりにもなれる身代わり。
 おれはその少女を犯した。しかし、おれの愛は目の前の少女ではなく、双子の妹、「みゆき」に向けられたものだった。
 妹はみゆき。しかし、姉の名前はわからない。わかっているのは、妹はおれを愛し、姉はおれを愛していないことだけだった。姉の名前なんてどうでもよかった。みゆきを犯した、まるであのときのような気分だった。
 いや、そうではない。――おれはみゆきを犯していた。
 姉が妹を愛していることは、行為の最中に痛切に伝わってきた。そのことはとてもいじらしく思われた。かつては妹も姉を愛し、二人は互いを求めて体を重ねたこともあったろう。少女の愛など、なんて儚いものなのだろう。
「どこまで判っていたの」
「さあ、どこまでだろう。ただ、全部じゃない。おれにもわからない部分がある」
「全然気持ちよくない。ただ痛いだけ。とにかく痛いの。ねえ痛い。痛いわ。早く済ませてよ。本当に痛くて、気持ちよくないの。あのときとは違って……」
 あのときとは……
 おれは機械のようにひたすら腰を振り続ける。
「どうしてなのかしら」
「それは嫌悪だよ」
「……これが嫌悪なのね。ふふふ……わたし、あなたのこと、とても嫌いだわ」
「…………」
 それでも、少女は果てた。少女はどこかで嘘をついていたのだろうか。快楽の伴わないオーガズムなどあるのだろうか?

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 二人の少女との出会いはおれの生活に大きな変化を生じさせた。いつ、どこにいて、何をしているときでも、頭の中を支配していたのは彼女たちのあられもない姿だけであった。
 妹の上気した頬も、姉の憎悪に歪む顔も、心地よい思い出だった。艶やかな視線、快感に溺れ、敏感な反応を見せる妹の体。妹を奪われた嫉妬に狂う姉の殺意……。
 愉快だった。少女たちの心にじかに触れることは、この上ない感情の高揚をもたらした。思い出しただけで体が熱くなってくる。
 それが何と呼ばれるものか、おれは知っていた。
 愛――。
 他にもっと適切な呼び名があっただろうか――これを愛と呼ぶならば、世界中に溢れる「愛」は積み重ねられた記憶によって模造された、哀れな幻影に過ぎないのだ。舞台の上で二人踊る、虚構の人形劇。自らの欲望が作り上げた、いつ終わるとも知れぬ悪夢。この世に住まう人間の大半が、そういった幻に囚われて生きている。
 いまやおれだけが、その欲求の迷路から抜け出すことの出来た存在だった。二人の少女との愛はまさに本物だった。愛というものは一方的な感情だけで成立するものではない。行き場を失うほどの強い想いの交わりこそが、真に愛と呼べるものなのである。
 姉は憎しみを、妹は苦しみを――それは確かに、好ましくない感情だったかも知れない。しかし、おれの想いに対して二人はそれぞれ、各々違った激情で応答してきた。これが愛でなくて一体何であろう。おれと彼女らは愛し合っているのだ。
 おれが生まれて初めて心から幸福を感じた瞬間だった。二人との関わりの中でおれは十分過ぎるほどの満足感を得ていた。だから、三人目の存在に気づかなかったのも仕方のないことだった。双子の少女たちには、もう一人、姉がいたのだ。

 おれの知り合いに、榎田百合子
えのきだゆりこ
という女がいた。見るも無残にどこまでも穢れた、哀れな女だった。少女たちの放つ眩いほどの輝きなど微塵も残らない、実に醜い姿をしていた。世間的には美人で通るだろうが、穢れた魂を持つあいつは、すでにおれの目に映る資格を失っている。
 おれにはあの女の姿が見えなかった。
 が、存在を認知することは出来た。つまり、「そこに何かがいる」、いや、実際はもう少しましで、「そこに榎田百合子がいる」という事実だけを知ることが出来たのだった。それでも、実生活に不便を感じたことはなかった。思えば当然だった。榎田百合子が見えないだけで生活に不便が生じるはずがない。
 姿を見ることが出来ないというのは、顔や体型がわからないのとは違う。そこの空間を占める物体以上の何かを感じることが出来ないという意味だ。だから、自分の認識の異常に気づかないまま日常生活を送っている人もいるだろう。ほとんどの人間はそうかもしれない。そういう解釈をすれば、おれは幸運にも彼女の姿を見ることができていると言うこともできた。
 これは人の持つ、一種の防衛本能なのだ。自分の精神に害を及ぼしかねないものを、一定の意識レベルに設けたふるいで、それ以下の深層意識から排除する。冒されやすい、デリケートな領域には絶対に入れない。よく出来た仕掛けだ。おれの場合、その基準が、魂の穢れ具合だというわけなのだ。

「ねえ、相沢君」
 彼女はおれのことを相沢君と呼んでいる。なにか用、とおれはいつものようにそっけなく返事をする。
「今日一緒に帰らない?」
 榎田はそう誘った。別段不自然なことではない。おれと榎田は帰り道が途中まで同じだった。そしてなにより、彼女はおれに惚れているらしいのだ。
 おれはいつものように、いいよ、と返した。
おれと榎田は付き合っている。
 榎田と付き合い始めたのは、橋の上の双子と出会ってから、さらに何年か経ったある日だった。その日、榎田がおれに愛の言葉を囁いたのだ。「好きです」と。反吐が出そうだった。
 しかし、おれは彼女の持ちかけた男女の付き合いに了承した。顔を真っ赤にする彼女に、かすかながら、あの二人の面影を見てしまったのだ。
(これはどうしたことだろう)――穢れきった肉体の残骸であるこの女に、そんな顔が出来るはずがあるのだろうか? 答えは簡単だった。それは予想の段階で、ほぼ確信に近いものがあった――(おれは、あの二人の幻影を見ているに過ぎないのだ)。
 榎田が二人の姉であるという確証を得たのは、それから一週間後だった。榎田から二人の妹がいる話を聞き、間違いないと思った。それだけで十分だった。
 いつものように、おれは榎田と一緒に帰り道を歩いている。
 繋いだ手から、欲望にまみれた愛情が伝わってくる。気分は悪かった。淫乱な化け物め。 が、彼女の顔をじっと見つめていると、何だかあの少女たちといるような気がして来るのだ。時折見せる子供らしい表情は、たとえ見せ掛けだけのものとわかっていても、心安らぐものには変わりない。おれの心はそれほどまでに貪欲に、あの美しい二人の少女を求めていたらしい。
 いっそ、この女とセックスしてしまおうか。そう思いついて隣を歩く榎田を見やる。頬を赤く染め、俯き加減で微笑を浮かべている。
 そうだ、榎田も肉体関係を求めているのだし、丁度いいではないか。それでおれの生活の何が悪化するわけでもない。溜まりに溜まった性欲を発散するのに、二人の少女に似た面影を持つこの女ならうってつけである。
「榎田、いまからおれの家に来ないか」
 そう訊いてみた。
 弾かれたように振り返る榎田。大きな瞳をぱちぱちと瞬かせて、彼女は無言のまま、驚いたようにこちらを見つめてきた。
「いまからおれの家に来ないか」
 榎田の肩をつかんで体を振り向かせ、今度はさっきよりもゆっくりと、彼女の目を見すえながらおれはもう一度言った。
「セックスしよう」
 とたんに榎田の顔面が真っ赤に染まる。ふるふると小さく首を左右に振り始めた。しかし拒否の仕草には見えなかった。反射的にそうしただけだろう。
「駄目なのか?」
「……ううん、駄目じゃない」
 彼女はおれの右手を取って強く握り締めた。彼女の喜びが伝わってくるようだった。
 好きな男に体を求められ、素直に喜ぶ女。自分が妹たちの代替品とも知らずに。罪悪感こそなかったが、そのとき初めて榎田のことを並の人間として認めることができ、そして哀れだと思った。
 榎田に掛けた言葉とは裏腹に、おれのペニスはひどく萎えていた。

 おれは榎田を部屋に上げると、ドアに鍵を掛けた。万が一榎田が抵抗しても逃げられることのないようにだ。二人の少女とは違い、この女は図体が大きいぶん力がある。年相応の分別もあるから、レイプまがいのやり方だと拒否されるだろう。ほとんどありえないとは思うが、逃げ出されて誰かに助けを求められる可能性はゼロではない。
 榎田をベッドに座らせて、おれもその隣に腰掛けた。榎田の頬が上気している。
「初めてかい?」
 おれは訊いた。
「ううん、三回目……」
 彼女は恥ずかしがるように、そう言った。
 全身の皮下を蛆虫の這い回るような、痛みと痒みの入り混じった感覚が襲った。
 それは嫌悪を通り越した憎悪だった。
 やはり――穢れ果てていた――。
「でも、わたし相沢君のことが本当に好きなの。相沢君なら何をされたっていい。相沢君だったら――
 止めろ……。
 平静を装ったおれの仮面は今にも剥がれ落ちそうになる。普段通りの微笑を保つのがやっとで、目の焦点が定まらない。榎田の顔が二重にも三重にもぶれて見える。
 最低だ、こいつは。
 榎田は俯き加減で、じりじりと寄ってくる。色気を意識した上目遣いと腰つきがおれの怒りを蓄積させる。
 榎田の手がおれの手の甲に触れた。
 瞬間、おれは我慢できず、榎田を力の限り殴った。榎田の口からぐう、という音が漏れて、白い粒が飛んで床に落ちた。それは榎田の歯だった。
 榎田はベッドの下に横たわっていた。がくがく腕を震わせながら、起き上がろうとして、よろけてそのままもう一度倒れた。ぐえ、と一言吐き出して、むせる。床に榎田の血液が飛び散った。
 おれは榎田の細い体に飛び乗って、首に手を当てて力を入れる。傍から見れば怪我をした恋人を解放しているようにも見えるだろう。しかし実際は、両手で気管を押さえ、肺に進入する空気を遮断していた。榎田の目が見開かれ、助けを請う声が――聞こえない。それすらも遮断した。これ以上遮断するものなど何もなかった。
 榎田は人間になった。

 それからおれは、時間をかけてゆっくりと、榎田を犯した。それはすでに榎田とはいえず、ペニスの感触は二人の少女と繋がっているかのようだった。クラスメートの榎田さんが与えてくれた初めての満足感をおれは満喫した。おれはこの容器を使って、二人の少女を代わる代わる犯した。声一つ上げず、少女たちは天使のようだった。初めて交わったときのことを思い出して、懐かしい気分になった。おれは天使を強姦していた。
 そうか、あのとき、おれは天使と愛を交わしたのだ。双子の天使と。ならば、極端に穢れを嫌うこの感情は、当たり前に備わっていたものだ。おれはこの世界の秩序の根本を支えるものを、ようやく見出した気がした。
おれの存在意義は、天使と交わることなのだ。
 先端を飲み込んだまま踊る榎田さんの身体は熱を失い、おれは榎田さんの、彼女自身としての終焉の訪れを悟った。
 さてこの亡骸を、二人の少女に見せなければいけないぞと思った。

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 ――目を覚ますと榎田がいる。
 ――榎田を犯しているおれがいる。
 おれは榎田の性器に自分の性器を差し込み、一定のリズムで腰を前後に振っている。榎田はシーツをつかみながら、口を固く結び、何かに耐えるような表情で涙を浮かべている。おれの顔の部分には、黒々とした大穴が開いていた。だが自分が笑っているのがわかった。幸せそうな光景だった。榎田が死体だったとしてもおれは幸せだった。
「榎田、すごくいいよ……榎田ありすちゃん……榎田まりかちゃん……榎田ゆりこちゃん……」
 おれは榎田と何度も交わった。榎田という器に入れられるだけの少女を詰め込んでひとりずつ交わった。ふたりの少女、ありすちゃんとまりかちゃんは一卵性双生児であるとともに同一人物だ。おれは事情を理解したうえできっちり二人とも容赦なく犯す。ふたりの中はとても温かで、故郷のような懐かしい感覚があった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、ひゃあああ……」
「あっ、あっ、ありす、ありすううう、ありすうううう!」
 榎田の器の口が開き、同じ声をしたふたつの悲鳴が同時に飛び出す。おれならばふたりの声を正確に聞き分けることができる。要求に応じて腰を振るスピードを調整するつもりで彼女たちの声に神経を集中させるが、要求などありはしないから耳を塞いでしまっても問題はない。けれどもふたりの声が会話になっていない会話を繰り広げるのが面白くてつい聞いてしまうのだ。
 榎田本人は相変わらず、笑っているのか怒っているのか泣いているのかわからない不思議な表情をしている。今度はミステリアスな美少女でも気取っているのだろう。たまに寝言のようなことを口にするだけで、いつも黙り込んだまま、まさしく阿呆そのものだ。
「う、ぐ、わ」
 突如榎田が硬直したはずの首を持ち上げ、何事かを喋り出した。
「でも、でも、わ、わ、わ、わ、わわわわたし」
「わたし?」
「でも、わたし相沢君のことが本当に好きなの。相沢君なら何をされたっていい。相沢君だったら、わたし何度犯されたっていい
 動力を失ったはずの榎田の顎ががくがくと振動し始め、両手足までもが駄々っ子みたいに動き出した。おれはあわてて榎田から飛び退いた。榎田の均整な肢体が魚のように飛び跳ねて愛液をまき散らし、周囲は淫猥な臭いに包まれた。榎田はどうやら絶頂しているらしかった。数十回の痙攣が済むと、榎田は大人しくなった。
 かと思ったとき、ぽかんと開いた榎田の口から双子の声が発せられた。
「おね、あっ、あっ、お姉ちゃ、きゃあ、あっ、お姉ちゃんきゃああ、気持ちい、気持ちいいよおおお」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
「やああん、あううっ、あっ、あっ、んっ、んあぁっ、ん、んくっ、んっ、んっ、んっ、んっ、あっ、あっ、あっ、あっ、んっ、んあ、んくううううっ!」
「ぎゃあああああ痛い痛い痛い痛い痛いうううう! うう! うぐうう痛い痛い痛いがああああ痛い痛い痛いよ痛いよ痛いよおおおおおお!」

「ワタシネエ、相沢君ダッタラ、何度犯サレタッテイイノヨ」

<完>