チクル妄想工房

ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

ノベルゲームの話、続き

書いておいた方がいいだろうから書くけど、この記事でも、ノベルゲームをかまいたちの夜タイプの選択肢分岐型に絞り、物語が分岐するという特性に着目して小説などの線状型の物語と対比して考えている。おそらく今後もそうすると思う。

ぶらっく ばーど スィぎん
ノベルゲームが 「ゲーム」である 単純な理由−Free Novel Games

前回の記事(「ゲーム」としてのノベルゲーム)では、現在のノベルゲームには(選択肢型のみでなく)実に多様な作品が存在するのに、貧弱な知識で全部ひっくるめて語ろうとしたところに無理があったと思います。悲しくなってきました。

ただ、一点だけ「プレイヤーが存在する」ということは、やはり大事だと思う。やっぱりね、「読者」「プレイヤー」は違います。

選択肢があるということは、選択するという操作をするプレイヤーがいることは疑いようがないわけであって、だから選択肢はプレイヤーという外部の存在を示唆するものにならざるを得ない。その意味で選択肢というものは、物語の内容に関わらずメタフィクション性を帯びてしまうと僕は考えている。(物語の線状性・非線状性の違いとは別の点として)これは読書との大きな違いだと思う。選択肢が提示された時点でどうしたってプレイヤーという外部存在を取りこんでしまうことになるわけで、次はそこを物語としてどう処理するかという問題になるんじゃないのかな。うまく処理している作品もあるだろうし、何も考えていない作品もあるだろう。

イシイジロウ氏ら第一線で活躍するクリエイターがアドベンチャーゲームを語り尽くす!――「弟切草」「かまいたちの夜」から始まった僕らのアドベンチャーゲーム開発史(前編)

こちらの記事はあまりにも充実し過ぎていて、概要とか書けないんだけど、部分的に参考にさせて頂くと、akinoさんの言うように、ノベルゲームの源流がコマンド選択式ADVの「直線型」だとしても、それは、僕の記事で扱っているかまいたちの夜みたいな「フローチャート型」とは物語の進み方が別ものでありますね。
akinoさんがいう「『製作者側が設定した最良の結末』にたどり着くこと」は、akinoさんの記事で書かれている「『ゲームクリア』を目指す」ものと、リンク記事の後半にある「トゥルーエンド」――「複数のエンディングをひとつにまとめて矛盾なく救う」ものとの二種類に分かれると考えられます。akinoさんが書いていたのはおそらく「直線型」で、リンク記事の「トゥルーエンド」は「フローチャート型」に属する概念でしょう。
僕が記事で書いているものは選択肢式の「フローチャート型」、『弟切草』『かまいたちの夜』みたいなやつを想像していますが、そもそもノベルゲームの特性のひとつとして、物語を線状性から解放できる、「フローチャート型」に構成できるというのがあると思っているんですよね。『弟切草』は複数あるシナリオ・エンディングに順位はないですが、『かまいたちの夜』は本編だけをみれば、事件の早期解決という「物語上最良の結末」らしきものはあります。これはミステリというジャンルの性質上このような形で生まれたものと考えています。しかし、夜を迎えた後のホラー・サスペンス展開には前半のミステリとは別の面白さがあるし、本編クリア後のいくつかのシナリオにも独自の味が合って良いです。

上のリンク記事では、プレイヤーと主人公の一体化ということが語られていて、この点について僕は大いに反省したというか、浅はかだったなぁと思います。シュタインズゲートは、アニメがそこそこの面白さだったからゲームにそこまで興味わかなかったけど、この記事を読んでやってみたいなと思いました。