チクル妄想工房

サークル「小公園」の仮拠点です。ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

ぱすてるメモリーズ 4話

ぱすてるメモリーズ4話見ました。感想書くのどうしようかと思ったんですけど、突然やめるのも気持ち悪いので書きます。筆を執るのにこれまでよりも大きなエネルギーを要したので、これで最後になるかも知れません。ならないかも知れません。

 

前置き

・結局そんなに真面目に語るようなアニメではない

1話があまりにも説明不足かつ違和感のある描写に溢れていたので、もしかしたらちゃんと読めば面白いアニメなんじゃないかと思って、思いつくことを何でも書いてきましたが、2話で疑問を持ち、3話で確信した通り、これといって面白くないアニメです。
これは、そこそこヘビーなアニオタが、各話の本筋自体のつまらないことを承知で見るアニメだと思います(わざとクソっぽく作ってるので仕方がない)。ゆえにわたしには厳しいです。

本作品の魅力を知るにあたり、素晴らしい記事がありますので、未読の方は是非読んでください。こういうのが恐らく正しい態度だと思います。

nyalra.hatenablog.com

 わたしも一番アニメ見てたのがゼロ年代といわれる時期だった憶えはありますが、それでもごく一部にすぎませんし、本当にただ見ていただけだし、周辺情報にも興味はなく、以前以後の積み重ねもなく、同人活動にも縁がなかったので、肝心のオタクのハートが理解できないようです。すごく損をした気分です。

 

本題

・テンポがいい

これまでの話と比べてテンポが良いです。作品世界に入るまでの導入にややじっくり時間をかけますが、それっぽいやりとりを上手く繋げているので退屈はさせません。そして作品世界に入ってからの話はサクサク進み、わりと要素が多めなのに30分枠の半分強で収めているのはなかなか見事です。3話までと比べて時間がとても短く感じられます。
3話までは、キャラ同士のやり取りや話の展開のどうしようもなく滑っている感じは、わざとらしく作りましたというのを隠そうとしていませんでしたが、4話はそういった作為を感じさせず、ごく自然に古臭いというか野暮ったい雰囲気を醸成していました。
話の内容はさておき、1話30分で作ったアニメとして心地よく時間を預けられるものになっていると思います。


秋葉原の風景も秋葉原の人間も登場しない

4話の一番の特徴です。3話までは秋葉原で生きるオタクたちの姿がどんなに短い時間であれ描かれていました。最後には喫茶店が活気づいた様子を描写するというやり方で話を締めていました。
4話で登場するのはバスケをする女の子3人組です。作品の思い出を取り戻すことで達成した変化を、彼女たちが再び仲良しになる様子として描いています。
彼女たちは「一般人」でしょうか。違います。彼女たちは作品を愛するオタクでしょうか? 違います。彼女たち3人組は「みにばす!」という作品をきっかけにバスケを始めた作品のファンのように説明されていますが、彼女たち自身が「ロウきゅーぶ!」のパロディキャラとして登場しています。作品を愛する生身の人間として存在しているのではありません。

4話ではついに秋葉原の風景は一瞬も描かれませんでしたし、客さえ一人も現れませんでした。
女の子たちに関する「思い出が戻って友達同士の仲がちょっと良くなった」という変化は意味を持っていますが、それは3話で成されたことと何ら変わりありません。話の導入として使われているにすぎません。
4話での成果だと唯一言えるのは、「みにばす!」を読んだことのなかった従業員が作品を知り、それを好きになったことです。4話で成されているのは、つまるところオタク同士の作品交換です。
従業員は過去に人気だったある作品のことを知って興味を持ち、読んでみてその面白さを知ります。それから既にその作品を知っている子とその楽しみを確認し合います。他の子たちもその様子を見て自分らも手に取って感動して好きになります。これがひとつの作品のために現実で実行されたことです。この一連の出来事を、ウィルス退治によって達成された作品の救済と置き換えています。


・オタクの箱庭

解り切った話ですが、この作品はオタクのための物語です。はっきり言ってオタクしか登場しません。
4話では従業員しか登場しません。従業員たちは美少女でもありますがオタクでもあります。1話2話で描かれているのも、かつて作品を愛した人たち、何かのきっかけで思い出した人たち、彼らが再び作品を手に取る様子です。

確かに個々の作品は年月を経て人々の記憶から薄れていくでしょう。インターネットの性質なのか、一瞬だけ爆発的にブームになってすぐに鎮火する話題が目に付くのも否定できないことかも知れません。作品は量産され、個々の作品の寿命はとても短いように感じてしまうのも無理はないと思います。
ぱすてるメモリーズは、それを作品がウィルスに侵されたのだと表現し、従業員はウィルスを退治して作品世界を救います。けれども現実の秋葉原の風景は何も変わりません。ただオタクの隠れ家である「うさぎ小屋本舗」だけが賑わっていく。そこに集うオタクたちは、過去の作品をダシにおおいに盛り上がる。
そんな物語を既存作品の乱暴なパロディでやって、糞寒い脚本で片づけて一応の落ちを付ける。視聴者のオタクは仕込まれた細かいネタを拾ったり、正直につまらないと言ったり、あまりのくだらなさが逆に面白いと言ったりする。
オタクの自作自演で独りよがり、自己完結の、ひどい楽屋落ちアニメです。
いいえ、わたしは、まったく悪いとは思いません。

物語に一般人は登場しません。一般人はこのアニメを見ないし、このアニメを見ない人はこのアニメには登場しません。彼女たちが救っている作品たちにもきっと興味を示さない。彼女たちはオタクのために作品を救います。一般人の入り込む余地はどこにもありません。このアニメはただ楽しむには決して出来の良いものではありません。
オタクにしたって、作品を壊すウィルスなんてありはしないのを知っているし、彼女たちの行動で作品が救われたとも思いはしないでしょう。本当に作品が消えてしまうことだってないと思いますし、逆に誰の記憶にも永久に残り続けることだってないでしょう。

ただ、忘れてしまった人にときどき思い出してほしい、知らない人には知ってほしい作品をそれぞれ持っているというのは事実です。それを自分が心から好きだという、ただそれだけの理由で、です。


・オタク向け作品というくくり

ウィルス退治というのはわかりやすく例えているだけで、ある作品のために誰かが現実で何か行動を起こして、それによって作品を思い出す人がいたり、新たに好きになる人が増えたりしているというのが、本作品のストーリーです。
ポイントは、それが個々の作品の認知を広めるという、幅の大きな言い方ではなく、限定的に「オタク間の交流」として描いているという点です。ちょっと深読みすると、「オタク向け作品」というくくりをオタク自らが認めている(もしかしたらあえて強調さえしている)という見方もできます。事実ぱすてるメモリーズが扱う作品も深夜アニメばかりです。

本作品の視聴には関係ない話かもしれませんが、いわゆる「オタク向け」という特殊な扱い方をされる作品の価値を、一般の人にも認めてほしいという考え方もあるでしょう。徐々に認知が広まり、海外での人気が報道されたりもし、じっさいにそういうアニメをもっとカジュアルに楽しむ人もすごく増えたのかも知れません(裏付けのないわたし個人の印象です)。
それでも、こうした「オタク向け作品」というくくりや、それによる「オタク間の交流」というあり方もやはり説得力を持ちます。だからといって何か主張したいわけでは全くありませんが、本作品に込められた思いのあらわれのひとつかなという気はします。