チクル妄想工房

ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

ノベマスについて

 ハリアーP、プロディPという人の動画にいまハマっている。
 ハリアーPの動画で最初に見たのはロマンティック サ・ガで、僕はロマサガが好きなもので、たぶん架空戦記まとめWikiあたりから探したんだと思うけど、新学期の始まる寸前に見始めて数日で全部見終わった。プロディPはどこで見つけたのかわからん。
 ともかくハリアーP、プロディPの動画はとても面白い。この記事で詳しい感想を書くつもりはないけど、いまはこの二人のニコマス作品で気を抜きつつ何とか生きてる状況、次の日を生きるためのエネルギー源になってる。

 で、何を書こうとしたかというと、ハリアーPは高速ハリアーなんてタグが付くほど動画投稿間隔の短い人だそうで、これまでに何百もの動画を投稿してる。プロディPも相当の数の動画を投稿している。二人に限らず、ニコマスのPの動画投稿数はすさまじい。
 質の高いものを少ない本数つくる、というスタイルもよいのだけれど、質が伴う伴わないはともかくとして(ふたりの作品は非常に質が高い)、たくさんの作品をつくる、というのも大事なことだなと、他の作者さんの作品も含め、いろいろな作品を見ていて思った。
 ハリアーPとプロディPは作風がさまざまで、コメディものやらシリアスものやらとにかく色々ある。こういうのって本当にすごいことで、純文学と大衆文学の枠組みでいれば大衆文学、芸術性よりもエンターテインメントに特化した作品、ということになるんだと思うんだけど、二次創作だからという理由もあるだろうけど、ニコマスというかノベマス?のよいところはエンターテインメントが基本なとこなのよね。あんまり肩肘張らずに面白いものをつくりましょうという空気がある。もちろん面白いものを作るのは難しい、僕もいちおう何か書いたりしてる者なのでその辺は理解してるつもり。

 だからこそでもある。いろいろなスタイルのものを書く、つくる、という動機を作品の「面白さ」を追求することにもとめることができるというのは継続するうえで有利だ。何か良いものを、とにかく良いものを、すごいものを、と思い詰めると動けなくなる。ロリコンロリコンロリコンロリコン幼女幼女幼女と延々と考え続けて出来たのが『やがて僕の訪れる公園』というイカレた作品だったから、反省すべき。
 他の作者の本音を探れない以上、姿勢を見習うという言葉が適切かどうかわからないので、自分は考え方を変えるべきだ、ということにする。とくに環境が変わって創作に多くのエネルギーを費やせなくなったいま、それでもなお活動を続けるというならば、続けるための戦略として。

 しかし孕m@sは見る気になれん…