チクル妄想工房

ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

兄妹の部屋・宇宙船

三題噺「引張応力」「だるま」「メッセージ」
ノリと勢いにまかせて書きました。


 おもてで誰かの話し声がするよお兄ちゃん、と妹が部屋に入ってきた。僕は興奮して手を振り回し要領の得ない説明を続ける妹を椅子に座らせ落ち着かせると、分厚い緑色のカーテンを勢いよく引き開け、外を覗こうとした。すると目を突き刺すような鋭い白い光が、透明なガラスの表面で、一部は反射し、ほとんどは部屋の中に飛び込んできて、あらゆるものにぶつかり部屋中に拡散した。窓に反射して夜に飛び出した光は、夜道を駆けて街灯を貫き、満月を砕き、街並みはみるみる闇に包みこまれていった。部屋に入り込んだ光の粒は高速で移動しながら徐々にベッドの隣に吸い寄せられるように集まり、粒子の飛び交う巨大な渦を作った。渦は回転速度を増し、窓ガラスをきしませ、渦を構成する粒子は互いに結びつき光の針に姿を変え、遠心力で飛び出した針は勢いよく僕らの目に突き刺さった。痛みと眩しさに両手で目を覆う、僕と妹の身体の表面だけを残し、身体の内部や周囲の空間は溶解した。目に映る景色はねじ曲がり、僕の部屋は家から抜け落ち海の底に沈んだ。
 僕の部屋が飛び込んだ世界は巨石のごろごろ転がる茶色い世界だった。石は山のように大きく、石と石の間に緑樹が何本か顔を出している、そんな世界だった。窓から地上を見渡すと、岩場を駆け回る緑色の群れが僕の目に飛び込んできた。敏捷そうな四本足と鋭い牙をもった植物の群れだ。恐ろしい姿かたちをしている。僕は妹の身体をぎゅっと抱えた。植物は岩から岩へ跳び移りながら、樹木の根元で手足を縮めてうずくまる人間を、片っ端から平らげていった。人間の悲鳴は岩を砕くほどの声量で、人間を食べた植物の半数は、断末魔によって崩れた岩の下敷きになって死んだ。細胞壁を突き破って薄い緑色の液体が飛び散った。飛び散った液体は人間の唯一の栄養源である。植物の死んだ跡には無数の人間が集まり、おのおの手に持った器を液体で満たして家に持ち帰る。家といっても木の根元にだるまのようにうずくまる家族がいるだけだ。そして家を出てから戻ってきたときに、家族が残っていることのほうが少なかった。ほとんどの場合、植物に襲われていた。岩が崩れて跡形も残っていないか、崩れた岩の周囲に緑色の汁が飛び散り他の人間が群がっているか、それとも風景はそのままに家族だけが忽然と消え失せているかのいずれかだった。声を上げる暇もなく丸呑みにされる人間もいるのだ。
 部屋を操縦する引き伸ばされた身体を持つ宇宙人に僕は尋ねた。
「僕と妹は元の世界に帰れるのでしょうか?」
 宇宙人は身体をこわばらせて答えた。
「いずれ帰れるでしょうがいまは無理です。あなたか妹さんのどちらかが私のように引き伸ばされないとふたりとも帰れないでしょう。そして身体を引き伸ばす装置はあそこにあります」
 と、ひときわ大きな岩を指差した。ゾウ、ライオン、クマの姿をした植物が無邪気に戯れているそばに、岩を貫く小さな穴が開いていた。あの穴の中に装置があるのかと訊こうと宇宙人のほうを見ると、宇宙人は穴を指差した格好のまま引張応力に耐えきれず千切れて息絶えていた。穴をしばらく眺めていると、時々人間が出入りしているのがわかった。
「お兄ちゃん、私がいくわ」
 妹は宇宙船から飛び下りると、真下で眠り込んでいたクジラの植物をクッション代わりにして着地した。クジラは怒って寝返りをうち、岩で細胞壁に穴を開けて潮を吹いて死んだ。
「まっててねお兄ちゃん、わたし絶対に引き伸ばされてくるから」
「おーい」
 妹は三匹に見つからないようにこっそり穴に潜り込んでいった。そのまま三日経っても戻ってこなかった。
「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい」
 穴の近くまで宇宙船を寄せようと操縦席に座ったとき、足元に転がるちぎれた宇宙人の死骸の右手が、茶色い紙切れを握りしめているのを見つけた。死後硬直が解けて弛緩した四本指の手を開き、紙を拾い上げて広げる。僕にも読める文字が書かれていた。
「お兄ちゃんへ私が引き伸ばされてきますお兄ちゃんはどうか宇宙船から出ないでくださいこの宇宙船がこの世界でもっとも平和で安全な場所です」
 次の日、早朝の五時に穴からふたりの人間が出てきた。僕はその一部始終をビデオカメラに収めた。身体に手足をめり込ませた妹が、僕と同じ姿をした男にサッカーボールのようにころころ蹴り転がされながら出てきて、出てきたと思ったら待ち構えていたゾウの植物に踏みつぶされた。耳をつんざく断末魔がふたつ上がった。小さな穴は三匹の植物とともに崩れてきた岩で埋まり、二度と使えなくなった。僕は顔を手で覆って泣いた。
 突如宇宙船のスイッチが入った。周囲に並ぶランプが点滅を始めスクリーンの映像が乱れた。機械の音声が操作を誘導してくれる。僕は声に従い、右手脇にあった大きなレバーを引いた。頭上から何十本ものケーブルの繋がったヘルメットが降ってきた。僕はヘルメットを引き寄せ、頭にかぶると、レバーの隣にあった赤いボタンを押した。そのとたん、全身に電撃が走った。筋肉が硬直し、手足が反射的に伸びようとするが、知らない間に僕の身体は操縦席にくくりつけられていて自由がきかず、四肢が締め付けられてちぎれそうなほど痛んだ。視界が真っ暗になり、真っ白になり、真っ赤になったと思ったら何も見えなくなって、気付いたら僕の身体は操縦席と一緒に縦に二倍も引き伸ばされていた。手足のかせは外されていた。座って宇宙船の声を待っていると、頭の中から歌が聞こえてきた。妹の声だった。妹が最後に上げた恐ろしい悲鳴とは似ても似つかない透き通った声で、僕の誕生日を祝う歌を歌っていた。
 宇宙船が動き出した。僕の家に戻ろうとしているのが何となくわかったが、僕の眼球は瞼を突き抜けて入り込んできた無数の光の粒に満たされていて何も見えなかった。ただ真っ白い世界だけが広がっているように見えた。光の粒は眼球の中で互いに結びつき細い針となって、僕の眼球から一斉に飛び出した。僕の視力は元に戻った。だが、目の前に広がるのは底なしの暗闇でしかなかった。

おわり