チクル妄想工房

ガムベースの作ったものを載せたり、他人の創作物への感想を書いたりしています。

キズナアイと輝夜月のエイプリルフール企画


最後まで見ればわかりますが、キズナアイ輝夜月が声と体を取り換えて、互いに相手を演じているというトリック動画です。

モノマネ芸というのがVTuberの恒例企画のひとつになっているようで、輝夜月も過去の投稿動画で腕をみせつけていたのを見た覚えがあります。
そのモノマネ芸の延長のように思われる今回のキズナアイ輝夜月の共同企画ですが、案外そう単純な話でもない。
結論からいうと、この企画は、VTuberアバターと声が分離可能であることを明言したに等しいわけです。

キズナアイ輝夜月が、それぞれ相手のキャラクターに声を当てるとはどういうことなのか。
キズナアイの体が動いている。輝夜月がキズナアイの声真似をして喋っている。キズナアイの動作と輝夜月の声のタイミングが合っている。キズナアイの見た目は3DCGの女の子だけど動きと声を担当する決まった人がいて、この日の輝夜月と演者が入れ替わっているキズナアイは、ガワはキズナアイだけど、声はキズナアイの真似をしている輝夜月の演者がやっていて。一体どういうことが起きているか頭のなかですぐに整理がつくでしょうか?
(そもそも、わたしはVTuberが他のVTuberのモノマネをするという事からして、どう受け取っていいやらよくわかっていないのですが……。)

元々VTuberの3DCG美少女のガワというのは、内容のないガワでしかなく、演者という「中の人」、界隈の言葉で言えば「魂」が入ってこそ、そのパーソナリティを反映した動きが生まれ声が生まれ、一個のキャラクターが完成するものです。

その演者が、例えば輝夜月の演者が、輝夜月のガワを操りながらキズナアイの声を出す。いったい、輝夜月というキャラクターがキズナアイのモノマネをしているのか、輝夜月の演者が輝夜月を演じることをやめてキズナアイを演じているのか……キズナアイの中に普段とは別の魂が入ってしまったのか。輝夜月の魂が、輝夜月に入らずにキズナアイに入って、キズナアイの台本を読めば(そして「中の人」の素の反応を隠し切れない生配信ではなく編集可能な動画であるなら)、そこには最早キズナアイが生まれてしまうのか。(最後に輝夜月の声で「終わりです」と言ったのはナイスな配慮だったのかもしれない。)

今回の動画では、輝夜月はキズナアイにそっくりな声を出していましたが、一方キズナアイは、キズナアイの声だとわかる雰囲気を残しながら輝夜月のモノマネをしていたように見えました。キズナアイの演者は、キズナアイを演じつつ輝夜月の声真似をしていた……輝夜月のガワを被って「輝夜月の声真似をするキズナアイ」を声だけで演じていた。輝夜月のガワに入っていたのはキズナアイの魂であり、キズナアイの魂は、キズナアイを一時的に抜け出て輝夜月の身体を借りていたけれど、企画が終われば、元々の依り代であるキズナアイアバターへと戻っていくのか……。

(例えばこういうことも考えられます。仮に、キズナアイというキャラクターが生まれるとき、演者としていまの輝夜月の中の人がキャスティングされていたら、いまのキズナアイと同じ見た目をしているけれど、いまのキズナアイとは別人?のキズナアイが今頃は存在していたのでしょうか(いまのキズナアイと同様の活動が可能だったかどうかはさておき)。)


キズナアイは、リアル世界でイベントをしたり、声優とコラボ配信したり、写真集を出したり、「キズナアイ」名義で声優をしたり(今回の動画も同じ構造ですね)しています。こうした取り組みをすべて「キズナアイ」という人格によってなされた営為だという体で行っている。しかし、キズナアイはあえてAIだとかバーチャルだとか口にしていて、バーチャルという肩書を掲げてリアル世界に進出すればするほど「キズナアイ」という存在の虚構性が強調されてゆくのも確かである。リアルの世界にバーチャルな存在がやってきたぞ!という体裁が強まるのですね。
輝夜月は、わたしは最初気づかなかったのですが、どうも声と動きは別に収録しているという分析があるようですね。ただ明確な根拠はない不確かな事ではあります。先日はミライアカリとの合成コラボもやっていました。公式の言葉のない状況で言うことではありますが、当初から、演者の言動をリアルタイムに写し取ったものというよりは、そこからさらに、多くの工程を経て構築されたキャラクターないし動画作品という意味合いが強かったのかと思います。

キズナアイ輝夜月も、その名を持ったキャラクターとしてはかなりしっかり確立していると思いますが、でありながら、あくまでもリアルな人物としてではなく、バーチャルなキャラクターであるという前提を認めたうえで、活動をしてきたと言ってよいかと思います。
だから、今回の動画みたいな、アバターと声の分離、もっと言えば、3DCG美少女のガワと「中の人」「魂」との分離に言及してしまうような制作を可能とする下地は、たしかに二人ともあったのだとは言えるかもしれない。


VTuberの中に生身の人がいるというのは、コンテンツを提供している側も視聴者も皆がちゃんと承知したうえで、「キズナアイ」である「輝夜月」であるとして、動画配信が行われるという態度を取るのがふつうなわけです。
なのに、今回のエイプリルフール企画では、アバターと声が分離可能であることを提供側が明確に示してしまっています。キズナアイ輝夜月という大手の二人が、ともに、いわゆる「中の人」と3DCG美少女のガワとを独立させた、完結したキャラクターを造形するタイプのVTuberでありながら、その了解をあえて破るような動画を出してきた。という話でした。
Vtuberによっては最初から生身を曝け出す人もいますけれど。例外的にいるのではなく、もはやスタイルの一種として在るようです。むしろキャラクターを演者から切り離された架空の存在として完全に守り切っているほうが少ないように思います。余談です)



で、4月7日、この記事を仕上げていたら、ばあちゃるがこのような動画を投稿していた。

キズナアイ輝夜月の動画に制作陣がインスピレーションを得たのか、それとも何かしらのフォローが必要だと思ったのか。どのみち、なぜ大手のチームがこういう流れを作ってくるのか、解らない。



なお、本日まもなく、「キズナアイ」が声優をやるというアニメ「魔法少女サイト」が放送されるようなので、明日見てみることにしましょう。